女王様とデート
 
  昔、好意にして頂いていた女王様がいました。
Dさんという名のその女王様は町を歩くと外国籍の人と間違われる事もあるくらい日本人離れした容姿で、また、性格も明るくて、ボキャブラリーも豊富で話しているととっても楽しい人でした。
さらに、僕より5歳も年下なのに考えがしっかりしていていて、若いのにSMクラブを経営されていました。
 そういう女王様ですから、お店に通いつめる客も多く、なかなかお話しする時間がなく、僕はいつもラストに入るようにしていました。
お店の後片付けを手伝いながら色々なお話をするのがとっても楽しかったです。
DさんはSMと言う物をビッグビジネスチャンスと捕らえているということで、自分にはS趣味はないとおっしゃっておられました。
でも、その事については僕は疑問に思っていました、なぜなら、プレイの内容やお店の趣旨を聞くと、とてもマニアックで、ただのビジネスと考えているとは思えなかったからです。
元来、マニアックなM趣味を持つ僕とDさんは波長が合ったようで、しだいに仲が良くなってきました、と言っても、別に男女の関係になった訳ではありません。
ただ、プレイルームで、お互いに普段のしがらみから開放され羽を伸ばし、遊んで、帰りにファミレスによる程度のお付き合いをしていました。
 このような関係が続くとどうなるのだろう、巷に良く見かけるカップルのようになるのだろうか?
そんなことを考えていると、Dさんが今度デートしようと言って下さいました。
当時、僕は結構進んだ関係のガールフレンドがいたし、浮気をするつもりはなかったけど、女王様とデートできるなんて、この機会を逃すと二度とないと思いました。
「千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンス、この機会逃すものか!」
約束の日の前日、デート資金調達のため銀行に行き20万円おろし、封筒に入れました。
デートに使う大事なお金ですから財布とは別に管理します。
次の日、朝一番の東京行きの特急に乗りました。
 車中、今日のデートの事ばかり考えていました、喫茶店に行って、遊園地に行って、それとも映画でも見に行こうか、でも、東京はDさんの方が詳しいだろう、コースはお任せしよう。 
待ち合わせ場所は渋谷にある某ゲームセンターの前です。
一時に待ち合わせしてあるので、30分ほど前からゲームセンターの入り口でDさんをまちました。
ところが、約束の時間を10分過ぎても現れないので、もしや中に入られたかと思いゲームセンターの中を覗きに行きましたが店内にはおられませんでした。更に20分待ちましたがお見えになりません。
ず〜と立っていて足が疲れたので、店内に入り、カーレースのゲームをしました、特にこのゲームが好きな訳ではありませんが、座れれば何処でもよかったのです。
元々ゲームフリークの僕は、このような時でもゲームに没頭すると時間のたつのを忘れてしまいます。
 ふと、時計を見ると2時になっていました。
あわてて外に出て、あたりをきょろきょろ見渡しましたがDさんはおられません。
もし、外に僕がいなくても中に入ってこられるだろう、と思いましたが、そのまま帰られてしまうかもしれません。
 僕は思い切ってDさんのご自宅に電話してみました。
僕はなるべくご自宅に電話を入れる事は控えていました、なぜなら、ご自宅で休んでおいでるDさんを起こす事になるかもしれないからです、今のようにメールという便利なものがない時代にはこのような配慮も必要でした。

やはり、お留守でした。
僕はこの1時という待ち合わせ時間は不自然だと思っていました、なぜなら夜型人間のDさんは、この時間はまだ寝ている時間です。
Dさんのお店自体、開店時間は正式には1時なのですが、いつもお店の鍵を開けるのは決まって3時です。
 今日もきっと3時ごろにお見えになるのだろうと思い気長に待つ事にしました。
3時に見えられるとすればまだ一時間ある、僕は好きなUFOキャッチャーをして時間をつぶすことにしました。
UFOキャッチャーは僕の得意分野の一つで、100パーセントまではいかないにしても、おおむね狙ったものはゲットできます。
この時は、Dさんのプレゼントにしようと思い、可愛い系のキャラクターを集めました。
カネゴンのスピーカーとか水陸両用ゴジラとかドラえもんのタイムマシンとか、総計5個の小物を取りました。
 それらをビニールの袋に入れ、次は何を取ろうかと思い、店内をうろついていると、いきなり後ろから袋をひったくられました。
慌てて振り向くと、僕の袋を覗き込んでいる女性がいます。
Dさんでした。
「ない、ないぞ」
Dさんは、袋の中の物をゴソゴソとかき回しながら、そういいました。
「何がないのですか?」
僕は、Dさんの様子を見て、ご挨拶もしないまま何を探しておられるのか聞きました。

「こっちへ来い!」
Dさんは、僕の耳を引っ張り、店の入り口に連れて行きました。
「これだ、これを取れ」
 Dさんが指差したUFOキャッチャーにはスラムダンクのキーホルダーが入れられていました。
「ああ〜、これはダメですよ、こういう小さいキーホルダーは取れそうで取れないんです、もっと大きくて箱に入っているのが、取れにくそうで意外と取れるんです、他の物にしましょ」
「キーホルダーのリングに引っ掛ければ取れるだろうが!」
その時、アルコールの臭いが漂ってきました、Dさんの顔を見ると、頬が真っ赤です。
「お、お酒飲んでおられるのですか?」
Dさんはお酒が好きでした、いつも僕とプレイする時は、缶ビールを飲みながらプレイしていました。
Dさんのお友達もお酒が好きでした、プレイルームに友達が集まると、皆でビールを飲み、まるで宴会場のようになった事もありました。
「酒飲んじゃいかんのか?」
「え、ええ、別にいいんですけど、昼間ですよ」
「昼に酒飲んじゃいかんのか〜〜!」
Dさんはすっかり出来上がっていたご様子でした。
「で、では、根性を出してキーホルダーを取ります」
 僕は財布から千円札を出して両替しました、まあ、千円もあれば取れるだろう。
「しっかりやれよ」
Dさんは目を点のようにしてこっちを見ています。
100円を投入してボタンを押しました、クレーンがゆっくり動き、予定の場所で指を離す、クレーンが静かに下降し、キーホルダーをつまむ。
「よし!」
 しかし、数センチ持ち上がった所で、ちゅるんと滑ってキーホルダーは落下しました。
「あ〜、やっぱりダメですね〜」
Dさんは仁王様のようなお顔つきをされてスラムダンクのキーホルダーを睨んでいます。
200円目を投入し再挑戦。
やはり、さっきと同じように持ち上げる事はできても、移動する事は出来ません。
そのまま、千円使い切っても、ついに取れませんでした。
「これ、無理ですよ、あきらめましょうよ」
「だめだ、あきらめるな、絶対取りなさい!」
 僕は再び千円札を取り出し、両替機に向かった。
その、千円を使い切ってもまだ取れませんでした、しかし、苦労のかいあって、かなり落とし穴まで近づきました。
今度は、ほんの数センチ、クレーンが移動する間、引っかかってくれていれば良いのです。
こんどこそ、絶対取れる、僕には自信がありました。
 さらに500円を両替し、挑戦しました。
100円、200円、300円、400円、まだ取れない。
最後の100円、これで2500円使った事になります。
 ここまで来るといいかげんうんざりしてきました、早くこのお店から出たくなりました。
僕が気になったのは、お金の事ではなく周囲の人の視線です。
Dさんは、元ヘビーメタルのロッカーで皮フェチでした、だから普段でもそのままSMプレイのコスチュームになるような衣装を着ていました。
それに、せっかくのデートの時間をこんな所で2時間も3時間もこんなキーホルダーのために浪費するなんて。
 僕は女王様に対して失礼とは思いましたが、感情を抑える事はできませんでした、だから、強い口調で言ってしまいました。
「もう、こんな物、どうでもいいじゃないですか!」
Dさんの顔が変わりました。
「どうでもいいとはなによ!」
 Dさんは続けて言いました。
「そう言えば、Mさんがあなたに会いたがっていたわよ、今度会ったらどうなるんでしょうね、スラムダンク、取ってくれれば助けてあげてもいいわよ」
Mさんというのは、Dさんの友人であり、先輩であり、アドバイザーでもある人です。
Dさんは元はスカトロプレイを得意とする女王様でした、それを苦痛系に導いたのがMさんです。
 このMさんは、Dさんと好対照で、SMをビジネスとしては考えられないという人でした。
かなりハードな事をなさる方なのですが、その手技は巧みで危険な事を無難にこなす事の出来る方でした。
ただ、時に感情が燃えすぎて一線を越してしまう事があるようです、だからキャリアもあり、多くの奴隷を抱えており、スポンサー候補が何人もいてSMクラブを開業しないかと、話を持ちかけられるのですがことごとく断っているという事でした。
 豚や牛のように食用に飼われる家畜がいれば猫や犬の様に愛玩のために飼われる動物もいます。
Mさんは、食用の家畜が来るときだけアトランダムにDさんのお店に顔を出します。
Mさんの専属奴隷は時に凄惨な目に逢う事があるのですか、僕はDさんの専属ですから、Mさんも少し遠慮されていて、そのおかげで助かった事が何度もあります。
 Mさんが好きなのは針を使ったプレイです、以前から僕のほっぺたにカテラン針を刺したいと言っていました。
カテラン針と言うのは良く知りませんが、なんでもすごく太い針だそうです、その針を頬に刺し、口の中に突き出た先端を見るのがお好きなのだそうです。
「今度はカテラン針ね、フフフ」
Dさんが不気味な含み笑いをしました。
 僕は封筒から一万円札を取り出し両替しました。
「これ、取ったら、カテラン、しないように言ってもらえますか?」
Dさんは、ニコニコして僕の頬を指でちょんちょん突きながらおっしゃいました。
「言ってあげるわよ、でも、取れなかったら、両方にカテラン針ね、こっちとこっち」
 よし、何が何でもとるぞ、僕は大きく深呼吸し、台の前に立ちました。
「にっくきスラムダンクめ、これでも食らえ〜!」
全ての気を指先に集中させ、ボタンを押しました。
しめた!リングに引っかかった、そのまま落ちないでくれ。
気持ちが通じたのでしょうか、今までの苦労が嘘のように事も無げにキーホルダーは落とし穴に落ちました。
 Dさんは景品取り出し口にガバッと手を突っ込み、スラムダンクのキーホルダーを取り出しました。
そのキーホルダーをビニールの袋に大事そうにおしまいになり店の外に出て行かれました。
僕は慌ててDさんの後を追いました。
Dさんはこちらを振り向き、おっしゃいました、「君、なんでついて来るの?」。
「何でって、デートが・・・・」
「デートなら今、してあげたでしょ」
このころになると、Dさんの酔いはすっかり醒(さ)めていたようです、冷静な表情でおっしゃいました。
「え!今のデートだったんですか?」
 Dさんは僕の問いかけには返答せず、くるりときびすを返すとスタスタと歩き出しました。
僕は小走りにDさんの後をおいかけ、背後から声をかけました。
「あの〜、喫茶店にでも入りませんか?」
Dさんは、歩みを止め、僕の方に向きを変えおっしゃいました、「ごめんね、今から人と合う約束があるの」
「え!、どんな人ですか?、何するんですか?」
Dさんは、少し怒った表情でお答えになられました。
「なんであんたに、そんな事言わなきゃいけないのよ」
 僕は、この時思いました、あの時デートしようと言ってくれたのは、単なる気まぐれ、実際当日になると面倒くさくなったのだと。
「わかりました、じゃ今夜、いつもの時間にお店行ってもいいですか?」
「いいわよ、いつもの時間ね、」
Dさんはそうおっしゃると向きを変え、一歩二歩、歩き、ふと立ち止まり、横を向きました。
「にげるなよ!」
一言、言い残されると、Dさんは路上の人ごみの中に入っていきました。
僕はやや俯きかげんでDさんの後姿が見えなくなるまで、そこに立っていました。
その後、僕は一人で喫茶店に入り、コーヒーを飲むと、考え事をしながら渋谷駅まで歩きました。
いろいろな事が頭の中を巡りました。
Dさんと夜まで楽しいデートを出来るものと信じていた僕は、最初、裏切られたような気持ちになりました。
でも、冷静になって考えてみれば、婚約したフィアンセがいるのに女王様とデートを企てた自分の方が汚いのかもしれない、でも、僕はDさんに婚約者の事など話した事がない。
と、すれば、やはり、今日の出来事は不自然だ、僕に落ち度はないはずだ、まてよ、ひょとしたらデートというものの定義自体が違うのかもしれない。
Dさんにしてみれば、今日、ゲームセンターでしばらくでも同じ空間にいた事だけでもデートになるのかもしれない。
しかし・・・・・。
いつまでたっても僕の思考に結論は出ません、でも、しかし、の繰り返しです。
 考え事をしながら歩いていると時間がすごく早く経ちました、あっというまに渋谷駅に着きました。。
待ち合わせ場所として有名なモヤイ像の周りには沢山の人がいます。
「みんな、待ち合わせなんだ、今からデートするんだな、いいな〜」
無意識の内に僕はその待ち合わせ集団の端に腰掛けていました。
そこで、また終わりのない自己問答が始まりました。
「僕だって、いるんだ、恋人が、週末には必ず会っているし、今日もここに来なければ、ここにいる皆と同じように待ち合わせしてデートしてるんだ」
「その方が楽しかったかもしれない、なのに、なぜ、今、ここに僕はいるのだ、僕はいったい何をしているのだ?」
更に自己問答は次のステップへと進みました。
「しかも、今夜は誰にも強制されていないのに、自ら己(おのれ)の体を痛めつけようとしている」
「フィアンセは、大事にしてね、といつも僕の体をいたわってくれているのに」
「Dさんは僕に苦痛を与える事によって愛情を表現してくれる、フィアンセは僕を苦痛から解放する事によって愛情を表現してくれる」
「どちらの愛情も受けたい欲張りな僕は、どちらの女性も裏切っているのじゃないか」
自責の念にかられた僕は暗くなるまでモヤイ像のとぼけた顔を見つめていました。
(泣くもんか!)につづく
ゲームセンターにて
動画 アダルト動画 ライブチャット